出張の代償と報酬

今週のお題「最近あったちょっといいこと」


昨年11月、今の職場内で異動をした。

それから約1年、泥のように労働し、疲れ、苦悩の日々を過ごした。

残業手当は出るが、毎晩の酒は増える。ストレスと引き換えに金を受け取るような、

人間の尊厳とは何だろうとさえ考えてしまう日もざらにあった。


そんな中でもプライベートはそこそこに充実していて、(それが無かったらと思うとなかなかにゾッとするのだが)

なんとか平日を乗り越えてきた。


前置きが長くなったが、そんな過酷な日々が続くなかある日、

他拠点への長期出張が急遽、決まった。


場所は100キロほど離れた他県、期間は二ヵ月間。

移動手段は社用車。ペーパードライバーの私。


そこからは、あっという間であった。


出張を言い渡されたのが9月末、

10月中旬に私の運転する社用車で他拠点へ挨拶に向かう。そこで初めて自分一人で長時間運転した。

同行した営業に、運転中めちゃくちゃに言われる。今思えば、アドバイスは的確であったが言い方は適切ではなかったと思う。

こいつのこと、これからも尊敬はしても信頼は決してしないであろう。


心をバキバキに折られた私は、営業に「社用車で出張に出ることについて」改めて大丈夫なのか詰められた際、「自信が無い」と車通勤を辞退する旨を伝える。


新幹線という手段もあったらしいが、一日考えた結果、

車に乗る決意を再びすることに。


当時なぜビビりたおしていた私が、一晩で車に乗る決意が出来たのか、今でも不思議なところであるが、(営業にも、どういった心情の変化なのかをまた同じ調子で詰められたくらい)


「車に乗れるようになる」ということは、仕事の面だけでなく、自分自身のスキルアップになるし、メリットであると考えたのだ。

あとあの営業が隣に居なければ、うるさくないし。


そうして晴れて、10月末より、人生初の一人運転での長期出張の幕開けとなったのである。


今週のお題「最近あったちょっといいこと」


ここで、ようやくお題とこじつけて話が出来るのだが、

出張で得られたことの大部分は、「多少の運転技術が身についた事」だろうと考える。


社会人になってはや7年。

運転免許を取得して4年。

車に乗る機会といえば、2、3ヵ月に一度ほど、恋人と借りるレンタカーで1時間ほど運転し、ナビされたまま車を操作するだけ。


自分一人では道も分からないし、車線変更も、駐車すら出来ないトンデモペーパードライバーだったのだ。

(もっと言うと、ワイパーの動かし方、空調の点け方、窓の開け方等車の中の操作も分からなかった。)


そんな私が、たった一人で、高速に乗り、ホテルの駐車場に車を停め、

平日は片道15分の会社に通勤し、週末また高速道路を経由して自宅を目指し、コインパーキングに車を停める。


おそらく、この成長ぶりは私自身にしか分からない感動だと思う。

「ちょっといいこと」どころではない。

「ここ一年での劇的進化」といってもいい。


一人での運転前夜、「自分はたぶん死ぬのだろう」と、家族や大切な人へ遺書を残そうとしたくらい、運転に自信が無かった。

なかば「だめならだめで」という吹っ切れた気もちもあったのだろう。


国内では毎日のように車の事故のニュースが絶えない。

今生きていることは、奇跡と同じくらい有り難いことなのだろう。


車を運転して、高速道路を使って行き帰りして、ガソリンスタンドに寄ったりして、最後は駐車場に停める。


多くの人たちが日々の中でやっていることを今自分が同じようにしてみて、世界がより広く見えた気がする。


仕事で思いがけずに得た運転技術、自分の人生において、とても貴重な経験になったと思う。


出張も残り4週を切った。事故なく、引き続き安全に技術を磨いていくつもりだ。

会社に週明け提出の、

交通安全標語を考えながら。









自分のなりたい大人とは。

今週のお題「大人になったなと感じるとき」



今の会社に入って、丸2年が経った。

昨年6月に、勤務地が変わり、11月には正式に異動となり、

勤務時間や休暇の日数も大幅に変わったと思う。


そしてその合間に、住んでいたアパートの取り壊しが決まり、住む場所も昨年12月に変わった。


2020年は、自分にとって、色々なことが変化していった年であった。


そんななか思うのが、

・「仕事」とはなにか

・これからの人生の舵取りの仕方

である。


具体的に言えば、

「今の仕事をどれだけ続けていけるのか・転職の必要性」

「将来を見据えた人生設計をどのようにしていくか」となる。


難しいことや、考えたくないことが頭に浮かぶと、すぐに思考停止してしまうきらいがあるのだが、

今年は三十歳を迎える、節目の年になるので、

色々考えて対策を取らないといけない。


そこでふと思うことが、

“「大人になる」とはどういうことか。”


私が人に言われたことのある「大人だね」の意味とは、


「許容できる心の広さがある」

「主張が強くない、わがままでない」

「おおらかで、波風をたてない」


そんな感じであると思う。

自分で解釈したものなので、真意は分からないが大体そういうつもりで相手も言ったのだろう。


実は私も「大人」がよく分かっていない。

「大人になること」は、自分の進むべき道に沿っているのだろうか。

自分が最終的になっていたい人間像は、大人と呼べるのだろうか。



私のなりたい大人というのは、

「子どものような大人」なんじゃないかと思う。


小さい頃の私は、あまりわがままな子どもではなかったと思う。

グレなかったし、家出もしなかったし、いじめも万引きにも縁が無く、好き嫌いも無く、家族とも不仲でなかった。

家庭環境の割には、曲がらず育ったほうだとも思う。


どちらかというと保守的で、感情的でなく、人が喜ぶ方を選択して、周りを安心させたかった。


子どもの頃にしておかなければいけない、わがままをせずに大人になった気がする。


人は、人生の課程で、修了しなければいけない項目というものがあると私は考えていて、


「わがまま」もその項目の一つだと思う。


さらに少し追加するならば、「周りに甘える」「周りを頼る」ことも大切なのではないか。


仕事面でもプライベートでも、周りを頼って、自分をもう少し楽にしていきたい。

自分の出来る限界を早めに知って、パンクする前に周りにフォローしてもらう。

そのためには自分の気持ちをしっかり伝える、アピールする、表現する。

言葉をじょうずに使って、人とコミュニケーションをとる。


そうして受け容れてもらえたとき、きっと、「自分のなりたい大人」に一歩近づけるのではないだろうか。


「子どものような遊び心を忘れない大人」


三十目前、なるべき大人への道のりは長い。







連休中を健康的に過ごす方法⦅自粛期間ver.⦆

お題「#おうち時間



私の今年のGWは、5/2〜5/10までの9日間だった。


サービス業に従事していた期間が長かったから、

こうした連休というイベントが当たり前のようになって1年とちょっと。


連休の過ごし方がだいぶ上手になった気がする。


自粛期間という、今までにない縛りのなか、


これまでのどの連休よりも充実したのは、

終始機嫌よく過ごせていたのは、


何故だったのかを簡単にまとめてみた。


◎窓を開けて部屋に風を通す

◎ラジオ体操をする

◎食事をつくる


大まかに、この三つをしている日はだいたい機嫌よく過ごせていたと思う。



◎窓を開けて部屋に風を通す

これは、朝起きて一番最初にしていた。

晴れていても曇りでも、必ずシャッターを開けて網戸だけにして、

部屋の空気を入れ替えるようにしたし、

部屋の中に光を入れることが大事だと思ったのだ。

そして思っている以上に、自然光というのは目に優しく、

天気のいい日なんかは電気を点けなくても全く問題が無かった。

新鮮な風と光は、身体を起こす活力になる。



◎ラジオ体操をする

会社で毎朝やっているラジオ体操。家でもやるなんて意識高いと思われるかもしれないが、

この昔からある体操プログラムは、実は大変理にかなっている運動らしい。

約3分と短い時間の中に、全身の筋肉を動かすプログラムが詰まっている。

一日3回も行えば、必要な運動量をだいたいカバーできると言われているほどだ。


実践してみて感じたのは、ラジオ体操をすると、眠っていた身体がしっかり目覚めるということ。

仕事の日と違い、予定のない休日は身体を起こすスイッチが入りにくい。

だらだらと布団にとどまり、何時間も動けないことが非常に多いのだ。

今までの連休もそうして時間だけが過ぎていっていた。

ラジオ体操は身体を目覚めさせる一つのスイッチなのだ。



◎食事をつくる

頭と身体が目覚めたら、だんだんお腹が減ってくる。

空腹もまた身体を起こす原動力となる。(というかこれが一番でかいかも)

買ったもので簡単に済ませるのもいいが、休日で時間もあるから何か作りたい。


連休中のだいたいの朝食メニューはこうだ。

・ご飯

・納豆

・味噌汁(インスタントにゆでもやし&追い乾燥わかめ)

・目玉焼きとウインナーorベーコン


少し気分を変えたいときはこうだ。

・塩おにぎり(海苔を巻くとご機嫌)

・出汁巻き玉子

・ウインナー

・味噌汁


かなり気分が乗ると、↑をお弁当にして公園まで食べに行く。


少し逸れたが、食事を用意することも、食事をすることも大事だと感じた。

用意する時間も身体を動かすし、多少食欲が無くともいい具合に空腹状態へと導いてくれる。

そして食事をすると体温が上がる。

食後に眠たくなって布団に戻ってもいい。

自然光のなかひと休みすれば、気分は幸せだ。

お腹が落ち着いてやる気が出たら、洗濯機でも回そう。


ちなみに私が食事する上で大事にしていることは、

「汁物を必ず用意する」ことだ。

温かい汁物で内臓を温める目的と、満腹感を上げる(食事による幸福度を高める)目的がある。

あまり良くないかもしれないが、そこそこ熱い汁物をはふはふ啜ったあとに、

氷水をぐいっと飲むとめちゃくちゃ美味しい。

二日酔いの日にやるとたまらないので飲み助さんは是非試してみてほしい。



長々と綴ってしまったが、この連休中はこうした決まった行動をルーティン化することにより、

身体を動かす良い環境へと持っていけていたと思う。


もっと細かくいえば、

寝巻きからゴミ出しに出られる程度の服には着替えて髪の毛を整えておくとか、

布団を干したり枕カバーを頻繁に取り替えるだとか、

ちょこちょこ自分の世話を焼いていた。


しかしこういったことも、さきの三つのルーティーンがあって、

身体を動かせる状態に持っていけたからこそ出来たことだと思う。


逆に、三つだけやったけどあとは一日布団の中だったとか、一つしかできなかった日もあった。

それでも次の日また立て直すことができたし、結局どんな休日があってもいいと思う。


ただこの連休で、自分に合った過ごし方を見つけられたことは非常に大きい。


次は盆休みであるが、更に充実した休日を過ごせることを願っている。






私の考える仕事観。

12月に入った。


今年を振り返ってみると、なんだかあっという間に過ぎてしまった気がする。

というとあまりにもありきたりな話なのだが。


私の年明けは、転職とともに始まった。

あれからもうすぐ1年。


仕事にも慣れ、会社の人たちとも何とか馴染み、色々迷いながら、時には泣きながらなんとかやってきた。


職歴としては、

携帯ショップ店員:3年半

営業事務・講師アシスタント:各1ヶ月

倉庫スタッフ(派遣社員):半年

物流センター作業員:現在


という感じである。

見ての通り接客業が一番長い。


転職をしようと思ったのは、もっと接客業以外で自分が何か役立てることを探したかったから。

自分の能力を今のうちに把握したかったんだと思う。

あと、業界的に限界がありそうだったから。


1ヶ月で退職した2社は、自分の能力ではとうてい出来なさそうだと早々に判断したのもあるが、

毎日会社に行くのも嫌で、仕事をしながら自分らしく真っ当な生活が出来ると思えなかったからというのが大きい。


仕事は、生活の7割くらいの時間を費やす大事な部分ではあるが、

だからこそ、自分の能力を大幅に上回る仕事量だとか難易度があっては、

続けていくための余裕が擦り切れてしまう。


私が仕事に求めることは、

自分にできる範囲の難易度と仕事量であって、

それ相応の対価が貰えて、

最低限のコミュニケーションを会社の人たちと問題なくとれる、


こんなもんである。


今の会社で気に入ってるところは、


考えごとをしながら仕事ができる

昼休憩中に寝れる

通勤がそんなに苦ではない


ということ。

特に、難しいことをしている訳ではないので、

考えごとをしながら出来る仕事というのはたいへん有難い。


私は考えごとが好きだし、色々なことを頭の中であっちこっちぐるぐる巡らせながら手を動かしていると、

ほんとうにあっという間に1日が終わる。


一時期は、

もっと将来に役立つスキルを、とか

食いっぱぐれないような技術を、とか

かっこいい夢のある仕事を、とか


色々考えて転職活動をしていたが、

どうも肌に合わなかった。


そういう経緯もあって、今の仕事は一番無理がなく、

今の自分に合っているなぁと、この一年をかけて実感した。


また自分の能力を試すために転職はするかもしれないが、

腰を据えていられる場所は、こういう所なんじゃないかなと、やっと見つけた気もする。



来年の自分を、想像してみるとしよう。




周りの人たちが体調を崩し始めた話

前回は、腰の不調からくる坐骨神経痛に見舞われた。

あれから、ズキッとくる痛みが時々あるが、その一瞬だけで継続的に痛まないので、

なんとか仕事もこなせている。

自分のことで病院にかかることはかなり久しぶりだったのだが、、

先日、実家の父から、

「祖母が足を悪くして立てなくなったので一緒の病院へ連れていってやりたい」

と話をされた。

元々膝が悪く、近ごろでは外出もできず家の中だけを行動範囲としていた祖母であったが、

どうやら持病の痔が悪化して、トイレを往復するうちに膝まで悪くさせてしまったらしい。

寝たきりでトイレにも行けず、おむつを履いているらしく、日中は父も仕事で家を空けている。

家には祖母だけになってしまっているので、とても心配だ。

仕事はなんとか1日休みを貰い(有給を使った)、

昼には実家に向かっていた。

父は午前中で仕事を切り上げる予定だったが、かなり押してしまい、

夕方4時ごろに家に着いた。

それまで私は祖母が滅入らないよう色々話しかけたりしながら、

積み上げられた食器洗い、

洗濯機に入れっぱなしの服を干し、

切れたままの蛍光灯や祖母が食べたいと言ったものを買いに行き、

と色々とやっていた。早めに来てよかったと思った。

祖母の様子は、それほど差し迫っていたわけではなく、

私が家に来て安心したようで、よく喋った。

私もそれを見てほっとしたし、食欲がなくほとんど食べていないと言っていたがまだ体力がありそうで良かった。

父が帰宅し、受付時間が遅くまでやっているという整形外科に車で向かう。

当初父だけでは祖母を車に乗せることが出来ないから私に来て欲しいと言われたのだが、

家の廊下は狭いし、結局父が祖母を支え、私は祖母の杖を持ったままウロウロしているだけであった。

それでも父も祖母も私が来たことで安心したと言ってくれたし、病院の受付や問診票の記入も私が済ませたので、少しは役に立てたと思いたい。

無事診察と応急処置も住み、処方せんも受けて薬をもらい(高齢者の1割負担というのは本当に助かった)、

家に帰って全員がほっとしたのだった。

祖母が受けた診断では変形性関節症?のような病名で、ひざに水が溜まっていたのを抜いてもらったようだ。

だいぶ気持ちが楽になったようで、同時に外出したのも久しぶりだった祖母はヘトヘトになっていた。

自分も身体を痛めて歩けなくなったことがあったので、不安やストレスなどの気持ちがよく分かったし、 そういうときだからこそ一人じゃないほうがいいんだろうなとも思った。 立て続けに病院にかかっているが、それ以外にももう一人、身体の不調をうったえた人がいるのだが、 それは次回に書こうと思う。

仕事のし過ぎで足を痛めた話。(後編)

【前回までのあらすじ】


お盆休みにぐうたらしすぎてなまった身体のまま、

週明けに立ちっぱなしの仕事を10時間以上×4日したら見事に身体がイカレて、

帰宅後全く身動きができないほど辛い状況に。


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帰宅途中の電車の中で、母と連絡をとっていた。

足の不調が不安だったし、誰かに話しておきたかったんだと思う。


この時、足は痛かったがまだ呑気に、整骨院に行けば多少良くなるだろうと構えていた。



整骨院でほとんど改善されずに帰宅したあと、身体が全く動かせず更に不安になった私は、

文字を打つのも気がすすまなかったので、母に電話をすることにした。


腕以外の身体を動かすことがほぼできないので、着替えもままならない。


母と話す声のトーンはまだまだ呑気で、あははと笑ってはいたが、内心かなりビビっていた。


「足がこのまま痛くて歩けなかったらどうしよう」

「家族に合鍵を渡してもいないから助けも呼べない」

「救急車を呼んだとしても、鍵がかかっているからまず鍵をぶっ壊さないといけない→色々費用が莫大になるのでは、、」

「そもそもトイレに行けない」

「下半身不随になるのでは、、」


色々な不安が過ぎり、母に半分泣き言のようにこぼしていた。

食事をしていないので、トイレ以上に食べ物が欲しかったし、食べる気満々だったのに、台所に立つこともできない。


ついに気力も体力も失せ、幸いベッドにあったリモコンでやっと電気を消して、気を失うように眠りについた。




朝5時15分、アラームで目を覚ます。


昨日母と話していて、会社に行くのは無理だと判断していたので、しばらく今日の計画を立てていた。


整骨院は自分の症状を治す場所ではなかった。

整形外科に行こう。


しかし、行ける範囲は市内が現実的。

まして昨日ほとんど歩けない状態だったので、タクシーの利用も視野に入れなければならない。

グーグルで近隣の整形外科を探す。


一軒見つける。700m圏内。いいじゃないか。

?、マップの下にこの医院のレビューがあるぞ、見てみよう。


★☆☆☆☆(6件)

「院長の対応がそっけない」

「説明が不親切」、、、


、、、、。


さらに、自分の症状を調べたときに、ネットにはMRIで見て貰った方がいいと書かれていたが、この施設にはその設備が無く、

「ここに行って本当に大丈夫なのか?」


と不安がよぎる。

ただでさえ整骨院で失費しているので(自分が選び間違えただけで、整骨院は悪くない)


できれば選択ミスをしたくない。


しかしほかの場所は電車でいかなければいけない距離ばかり。

最悪痛み止めと湿布くらい出して貰えたらあとはいいかな程度に考えていた。


午前8時、会社に電話をする。

仮病を使ったときよりよっぽど声が元気でハキハキとしている自分。むしろ不自然だ。


前日から痛かったこと、

整骨院に行ったが全くだめだったこと、

今日整形外科に行くので休みたい旨、


淡々と伝えて終話。

ちなみに仮病も合わせると、今年3回目の欠勤となる。

今年入社したばかりのくせになかなか休みがちな新人であるがまあよい。


ちなみにこのときには、トイレに立てるくらいまでには回復していた。

これで何とか病院には行けそうだ。


昨日から渇望していた食事にもありつけた。

食材もほぼ野菜などは切らしていたので、簡単に力うどんを作る。


午前10時、支度をして整形外科へ向かう。

幸いこの日は給料日だったので、初診料も怖くない。

歩くと少々違和感があるが、昨日とは段違いに歩ける。


院内に入ると、5、6人ほど待合に人が居た。

受付の女性が丁寧に対応してくれて、ほっと胸をなでおろす。

だいぶ待つことを想定していたので、のんびりと持参した本を読んで待つことに。


15分くらいで診察室に呼ばれる。

(意外と早かったな、、)


お会いした院長は、キリッとした顔立ちのクールな人だった。

けっこうダンディ系で、大学時代のフランス語の教授に似ていて親近感がわいた。


レビューが散々だったのでかなりビビりながら院長の前に座った。

「どうされました?」

「足が痛くて、、、」


2、3問診を受け、診察台で触診を受けることに。


レビューにあった素っ気ない感じとは違い、簡潔な人だなという印象だった。


足を曲げ伸ばしし、どこが痛むのか確認をしたあと、

レントゲン室へ案内される。

レントゲン技師の方が親切に案内してくださった。


あとで思ったが、診察室・レントゲン室・リハビリブースそれぞれに行くように促される際に、

担当の方が迎えに来てくれてそのまま案内されるのでかなりスムーズで、

この医院は連携がきちんととれていて無駄がないなあととても感心した。


ちなみにレントゲン技師の方もリハビリブースの看護師さんも、みんな優しくてホスピタリティ溢れる人ばかりだった。

それは痛みで参っていた私には大変嬉しく、かなり居心地が良かった。


レントゲンの結果は、腰の下の骨2本の間が狭まっていて、ヘルニア手前の状態であり、

そこからくる坐骨神経痛らしいということが分かった。


電気治療をうけ、予想通り鎮痛剤と湿布薬を処方され、病院を後にする。


外に出ると雨がぱらついており、折りたたみ傘をのんびり出そうとぼけっとしていたら、

ちょうど同じタイミングで出てきたご婦人が


「そこ(処方箋薬局)まで一緒にいかれます?」

と自分のさした傘を指し、一緒に入れてくれるそぶりをしてくれた。


私はまごまごと傘を出してお礼を言い、ご婦人も「あら、お持ちなのね良かった」と笑顔で去って行った。ご婦人は薬局とは別方向に歩いていった。


なんて素敵な人なんだろう。いいことありますように。と思わず後ろ姿に願った。


さて、その後も親切な薬剤師さんから処方薬を受け取り、無事に上司に診察結果を報告し、

軽い足取りでサーティワンアイスクリームを食べに行き(ポッピングシャワーが大好き)

更に調子にのりカラオケまで行き、その日を終えた。


さて、永遠だと思っていた足の痛みは、電気治療のおかげか、鎮痛剤のおかげか、はたまた1日仕事をしなかったおかげなのか、

ほぼなくなっていた。


ただ、立ち仕事が長時間続くと、今後の仕事の仕方を変えなくてはいけなくなるので、

まだまだ油断はできない。


とりあえず土日はゆっくり休み、寝たきりにならず適度に立ったり歩いたりしつつ、

週明けに備えようとおもう。


普段足腰を痛めたこともないし、骨折などのケガも経験がなかったので、

身体を動かせないことへの不安、一人暮らしが体調不良に陥った際のリスクなどを改めて思い知った一週間だった。


また、かかる病院施設などももっと知っておく必要があるとも感じた。


これからは、健康に気を遣いながら、仕事と私生活をうまくやっていきたい。


ではこの辺で。



仕事のし過ぎで足を痛めた話。

今週のお題「残暑を乗り切る」


お盆休み明けの仕事はきつかった。


9連休、ほぼ家にひきこもり、たまに外出したかと思いきや、最低限の食糧調達のみ。


立っているより寝そべっている時間の方が長い。


毎日食事を作っては食べて満足し、夜はお酒を楽しみ、好きな時間に寝て起きる。


そんな体たらくな生活をしていたが、それもついに終わり。


ここからがきつかった。


連休明けの仕事は大忙し。

毎日2時間は残業する日々。


ただでさえ連休明けで身体がなまっているのに、

いきなり10時間も立ちっぱなし。


そんな日が続き、


ついに4日目の木曜日に悲劇は起こる。


足が痛い、、、。


場所は、右のお尻から腰あたりで、ももの付け根くらいまでの広範囲に及んだ。


木曜の朝に少しの痛みと違和感があり、時間とともにどんどん痛くなっていく。

夕方には、右足を上げたり、曲げると痛みがはしるようになった。


連日の残業が祟ったな、と思っていたが、その日は奇跡的に定時で帰れることに。


帰り際にも痛みはどんどん悪化し、階段の上り下りも辛くなる。

電車では、とにかく座っていたかったので、各停に乗る。


何とかしなければ明日の仕事に影響が出る。


そう思い、近くの整骨院に赴く。

この日は飛び込みで予約が多い中、無理を言って診てもらえることになった。


ちなみにこの時にはもう足がほとんど上がらず、少しの段差も辛く、院内でスリッパに履き替えようとするだけで激痛が走った。


院長はとても優しかった。

待ち時間の間に機械のマッサージ機で血行をよくしたり、ウォーターベッドに寝たり、電気治療をしたりと色々した。

しかし横になったり起き上がるだけで激痛。足が上がらないのでかなり辛い。


結局色々してもらったが良くなるどころか悪化して(というか時間が経つごとに酷くなっていってる)

外に出る頃には足を引きずりながら歩くまでに。

家まで1kmほどあったので、たまらずタクシーで帰宅。


這々の体で玄関まで行き、ベッドにスローモーションのように横になった。


動けない。


着替えたり、化粧を落としたり、シャワーを浴びたり、仕事でぺこぺこになった腹を満たしたり、

やることはあるのに全く身体が動かない。


というか動かそうと身をよじるだけで激痛。



私は、自慢じゃないが身体は丈夫な方。


風邪は普段からほぼひかないし、仮病以外で仕事を休んだことは今までの職歴全体(6年間)でみても1回しかない。


そんな私が覚悟したのが、


「明日会社に行けない。」


もう、気合いとかでなく、物理的に会社までたどり着けない。


足が動かない。


右足を動かそうと力を入れるだけで痛い。


左足は何ともないが、動かすと右足にまで響くようになってしまい、まともに動かすのも憚られる。


これは、もしかしたら一生このままなのでは、、、


健康を過信しすぎた私が初めて危機をもった瞬間だった。


後半へ続く、、、。