自分のなりたい大人とは。

今週のお題「大人になったなと感じるとき」



今の会社に入って、丸2年が経った。

昨年6月に、勤務地が変わり、11月には正式に異動となり、

勤務時間や休暇の日数も大幅に変わったと思う。


そしてその合間に、住んでいたアパートの取り壊しが決まり、住む場所も昨年12月に変わった。


2020年は、自分にとって、色々なことが変化していった年であった。


そんななか思うのが、

・「仕事」とはなにか

・これからの人生の舵取りの仕方

である。


具体的に言えば、

「今の仕事をどれだけ続けていけるのか・転職の必要性」

「将来を見据えた人生設計をどのようにしていくか」となる。


難しいことや、考えたくないことが頭に浮かぶと、すぐに思考停止してしまうきらいがあるのだが、

今年は三十歳を迎える、節目の年になるので、

色々考えて対策を取らないといけない。


そこでふと思うことが、

“「大人になる」とはどういうことか。”


私が人に言われたことのある「大人だね」の意味とは、


「許容できる心の広さがある」

「主張が強くない、わがままでない」

「おおらかで、波風をたてない」


そんな感じであると思う。

自分で解釈したものなので、真意は分からないが大体そういうつもりで相手も言ったのだろう。


実は私も「大人」がよく分かっていない。

「大人になること」は、自分の進むべき道に沿っているのだろうか。

自分が最終的になっていたい人間像は、大人と呼べるのだろうか。



私のなりたい大人というのは、

「子どものような大人」なんじゃないかと思う。


小さい頃の私は、あまりわがままな子どもではなかったと思う。

グレなかったし、家出もしなかったし、いじめも万引きにも縁が無く、好き嫌いも無く、家族とも不仲でなかった。

家庭環境の割には、曲がらず育ったほうだとも思う。


どちらかというと保守的で、感情的でなく、人が喜ぶ方を選択して、周りを安心させたかった。


子どもの頃にしておかなければいけない、わがままをせずに大人になった気がする。


人は、人生の課程で、修了しなければいけない項目というものがあると私は考えていて、


「わがまま」もその項目の一つだと思う。


さらに少し追加するならば、「周りに甘える」「周りを頼る」ことも大切なのではないか。


仕事面でもプライベートでも、周りを頼って、自分をもう少し楽にしていきたい。

自分の出来る限界を早めに知って、パンクする前に周りにフォローしてもらう。

そのためには自分の気持ちをしっかり伝える、アピールする、表現する。

言葉をじょうずに使って、人とコミュニケーションをとる。


そうして受け容れてもらえたとき、きっと、「自分のなりたい大人」に一歩近づけるのではないだろうか。


「子どものような遊び心を忘れない大人」


三十目前、なるべき大人への道のりは長い。